誰かに何かされないように、敢えて朝に作ったチョコレート。
今日は絶対、渡すんだ。
誰に邪魔されても、絶対渡すんだ。
……と、思ったのは朝、ラッピングをした時のこと。
「(やっぱり…いっぱいもらってる)」
コンテストの後に人だかりができるのはいつものことだけど、今日は少しだけ違った。
たくさんのチョコに埋まってる――私の好きなひとには、そんなたとえがぴったりだった。
両手には抱えきれなかったみたいで、大きな紙袋にたくさんのチョコレートを入れて、それを4袋くらい持って歩いているのを遠くから眺める。
怖い狐さんも、ヤタさんもいない。
渡すなら今がチャンス。
渡しに行こうと駆けだそうとして、ふと頭によぎる思考。
あんなにもらってる中にあげたら、怒られたりしないかな。
迷惑だったりしないかな。
あんなにいっぱいもらってるんだもの。
「もういい」って言って、もらってくれないかもしれない。
やっぱりそういうのって、早いもの勝ち。
早く渡した方が、愛情がたくさんで自信があるって証拠。
私?
私は、それに比べたらきっと微々たるもの。
だってチョコだって小さいし、相変わらず一歩踏み出せないでいる。
ほら、今だってこうしてる間に。
「ひーっこるーん♪」
「うわっ!ヤタ何だコレ!?」
ヤタさんがすごく大きなチョコケーキ1ホールを持ってきた。
「はい友チョコv僕の手作りなんだよー食べてね!」
「食べてねって……こんなにたくさん食えるk「食べてね!」
「……甘いものあんまり得意じゃないんだk「甘さ控えめにしたから食べてね!」
「……」
「ねっ!」
「お、おぉ…わかったからその帽子を取るんじゃねぇぞわかったな!?」
「うん♪それじゃあ僕はこれからマスターのとこ行くから、じゃあねー」
黒い羽を舞い散らせてヤタさんは去っていく。
手作りのケーキって、すごいな。
私もあれくらいしなくちゃいけないのかな。
だけど、ケーキを貰った張本人は、箱を持って困った顔をしていた。
「(さっきの言葉…甘いもの、好きじゃないんだ)」
男のひとが甘いもの好きじゃなさそうっていうのはなんとなくわかるけど…。
あぁ、なんてバカなんだろう私。
いつも「バカ」って言われてるのは、こういうことだったのかな。
ホワイトチョコレートが入った袋を見て、少し悲しくなった。
ビターチョコにすればよかった。
さらにうじうじ考えていたら、今度は、
「ヒコルさーん!これ受け取ってくださーいっvv」
「え?あ、お、おぅ。どーもな」
怖い狐さんだ。
すごく困ったような顔をしてはいるけれど、やっぱりもらってる。
また渡しそびれた。
また2人に出遅れた。
いつもいつも、同じことの繰り返し。
そんなんじゃだめってことくらいわかっているのに、だけどその一歩が踏み出せない。
「あ、ヒコルさん、これから私の家にきてくださらないっ?」
「え、ちょ、オレこれから用事が――」
え、ちょっと待って。
このままだとチョコ渡す渡さない以前の問題になってしまう。
だれかあの狐さんを止めてくれないかな。
このままだとヒコルさんが連れ去られちゃう。
「姉様、何をされてるんですか」
聞き覚えのある声。
テンちゃんだ。
テンちゃんだったらあの怖い狐さんを止めてくれるはず。
お願いテンちゃん、あの狐さんを連れて帰って……!
「あっ!テンちゃーんvvテンちゃんの分もチョコ作ったからあげるわv」
「ありがとうございます」
「おいテンコ、こいつどーにかしてくれ」
「……姉様、これから用事があるそうなので、彼の邪魔はしてはいけませんよ」
「えーっいいじゃないちょっとくらいー!テンちゃんのケチー」
「はいはい姉様、帰りますよ」
「えーっ!…仕方ないわね、それじゃあねヒコルさんv」
「お、おう」
テンちゃんは怖い狐さんを抱えて立ち去った。
心の中でテンちゃんにお礼を言いながら、私はまだ影でひっそりと見ていた。
「さ、て…これどーすっかなー…食べなきゃいけねーのはわかるけど、食いきれねーよ一人じゃ…」
一人残ったヒコルさんのぼやきが聞こえてくる。
え、と。
やっぱり、渡さないでおこう。
食べきれないって言ってるのに渡したら、迷惑になるだけだから。
こっそりとラッピングしたチョコを鞄に入れようとして、
「お、マヤじゃねーか!」
「……!!」
ばれた。
どうしよう。
どうしよう。
渡せないし、隠せないし。
「今日って「……チョコなんて、ないですっ!」
もうわけがわからなくなって、私は背を向けて逃げ出した。
「……まだ何も言ってねーのに…」
そんなあからさまだったかな、と振り返り、ふと下を見ると、
「……?」
きれいにラッピングされたチョコレートが、メッセージカードと一緒に落ちていた。
メッセージカードに書かれている宛名を見て、悪戯に笑うと、彼女の後を追って走り出した。
「(ここまで来れば大丈夫かな…)……疲れた…」
陰に隠れてぺたりと座り込んで、ふぅ、と呼吸を整え、少し落ち着くと、
「(……あれ)」
「(………私もしかして)」
冷静になって気づくことは多々ある。
「(ヒコルさんにひどいこと言っちゃったーっ!!!!)」
一気に顔が青ざめて、視界が滲む。
「(どうしようどうしよう…!私絶対嫌われちゃった…!!バレンタインに失恋なんてもう最悪……)」
でも仕方ない。何もできないでずっと見守ってた自分が悪い。
がっかりしながら、チョコレートを食べてしまおうと思って鞄を開けてチョコレートを探す。
「……あれ…」
「…ない……っ」
「チョコレート…落としちゃった……!?」
慰めにでもなるかと思っていたチョコレートすら落としてきてしまった。
「(どうしようどうしよう…!!今頃ヤタさんとか怖い狐さんに見つかって粉々になってたり燃やされてたりしてるんだ…一生懸命作ったのに…あぁもう私のバカ…!)」
好きなひとには嫌われるし、チョコレートはどこかに行っちゃうし、もう散々。
でも散々なのはいつものこと。
今日はちょっとそれがひどいだけ。
「……ぐす…っ」
あのひとが見たら「また泣いた」って茶化されるんだ。
でももう、そんなこともなくなる。
「――おい」
「――!」
ぶっきらぼうだけど大好きな声がして、私は思わず顔を上げた。
「あ…」
「また泣いてた」
目の前には、私の大好きなひとと、そのひとにあげるために私が作ったチョコレート。
よかった無事だった。
手をかけて取ろうとして、
すかっ、と空を切る。
「……返してください」
「自分で取り返してみろよ」
ほらほら、と、チョコを私の目の前でひらひらさせて、取ろうとするとそれを避ける。
ムキになって何度もやっていたら、最終的にぽん、と帽子の上に乗せられた。
「それ、どうするつもりだ?」
悪戯っぽく笑って、言われた。
帽子の上に乗ってるチョコをどうやって取るのか、じゃないことくらいわかってる。
渡すなら、今しかない。
けれど、ここまで来てもやっぱり。
「……迷惑じゃ、ないですか」
「…は?」
「…だから…その、甘いもの、好きじゃないって…それなのにたくさんチョコもらって、それに私があげたら、迷惑じゃないかな、って……」
語尾が小さくなって、俯く。
ころり、チョコが落ちて、ぱ、とキャッチした。
「あー、だから何でいつもそうなんだよ…」
ヒコルさんはすごく困った――むしろ呆れた――様子で、さらにこう続けた。
「マヤからもらったのが一番嬉しいに決まってんだろ、バカ」
そう言ってがしがしと帽子越しに私の頭を乱暴に撫でた。
またバカって言われた。
私ってそんなにバカかな。
でも、その言葉がすごく嬉しくて。
いつまでも一歩踏み出せないでいた私の背中を、強く押してくれた気がして。
「……ヒコルさん」
「あ?何だ?」
「…あの、よかったら…どうぞ」
ずい、と目の前に差し出すと、ヒコルさんは笑顔で受け取って、
「ありがとな」
そう言ってまた、がしがしと私の頭を撫でた。
「ってかメッセージカードに宛名書いてたからそのまま貰っても良かったんだけどな」
「あ…!そのカード読んじゃダメですっ!!」
「はぁ?何でだよ?つか何のためのメッセージカードだよ」
「だ、ダメなものはダメです!…その…」
“ヒコルさんへ”
“頑張って作りました。
よかったら、食べてください”
“マヤより”
その隅の方に、小さく小さく、控え目に追伸が書かれていた。
“ずっとずっと、大好きです”
長っ!そして時効すぎるwwwwww
だが関係ないね!これの日付は2月14日なんだぜ!!